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元靴屋が今まで履いてきた靴の履歴書【前編】

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パーネン
パーネン
どうも、元靴屋のパーネン(@hiro_pa911)です。

この記事では靴をたくさん紹介している「元靴屋」である僕の、今まで履いてきた「靴」について振り返ってみるよ。

題して、
元靴屋の「靴」の履歴書!!

全くもってひねりもなんともないタイトルですが、興味がありましたらどうぞ最後までお付き合いください。

懐かしの名作スニーカーのことも書いていますよ!!

こんな方に読んでもらいたいです
  • いろいろ靴の紹介しとるけど実際どんな靴履いてたん?という方
  • 元靴屋の選ぶ靴ってどういうの?という方
  • こんな靴あったなー、懐かしいー!と思ってくれる方

前編では小学校~大学までの期間について書いていきます。

さて、どれだけ思い出せるかな~?

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元靴屋が今まで履いてきた靴の履歴書【後編】スニーカーや革靴をたくさん紹介している「元靴屋の服靴ブログ」の管理人が、今までの「靴」について振り返っているページ。題して「元靴屋の靴の履歴書」。 後編では就職してから現在までの靴について振り返ります。このあたりから靴への欲望が爆発してきますよ。...

元靴屋の小学校時代

僕は小さい時から身に着けるものに無頓着な子どもでした。

なので、

全くといっていいほど、どんな靴を履いていたか記憶にございません‼

スタートからつまずきそうです……

幼少のころに「サンバルカン」だったか「ギャバン」だったかキャラクター物のズックを買ってもらってすごく喜んでいたのを最後に、自分の履いてた靴を思い出せません。

記憶の中で思い出せる靴といえば、小学校5~6年生の時まで遡ります。

僕と同世代の人なら当時みんなが読んでいた「SLAM DUNK」。

この漫画の日本バスケットボール界における影響は計り知れないですよね。

SLAMDUNKを見てバスケを始めた子どもは相当な人数がいたでしょう。

もちろん僕もその一人でした。

そして始めたはいいものの、バスケットシューズ(以後、バッシュ)がないという事で親に泣きついて買ってもらったのが「ニューバランス」のバッシュでした。

確か¥15,000程度のバッシュだったと思います。

小学生のころにスニーカーの品番を見るなんて全く考えてもいなかったし、「ニューバランス」さえ知らなかったので「このNって何や?」と思っていた程度で、バッシュの詳細についてははっきりと覚えがないんです。

パーネン
パーネン
今思うと、良いバッシュを買ってもらってたんやなー 。

元靴屋の中学校時代

中学に入るとバスケ部に入りました。

ここで一気にバッシュとスニーカーへの情熱が開花していきます。

先ほどの「ニューバランス」から「adidas(モデル名/不明)」へ買い替え、その後は「アシックス ゲルトラスト」をバスケ部引退まで履いてました。

貯めたお年玉で買った覚えがあるんですが、確か2万円を超えていたような……

パーネン
パーネン
今思えば、中学生の分際で靴に2万円を払えるって贅沢すぎ‼

バッシュを買うために「月刊バスケットボール」を毎月購読するようになり、自然とその中の靴屋の広告に出てくるスニーカーにも興味が沸いてきました。

通っていた田舎の中学校では、登下校はジャージ姿。

他人と差をつけるのは髪型とスニーカーぐらいでした。

普段履きには「adidas SUPERSTAR」だったり、「NIKE LEATHER CORTEZ」なんかを履いていました。

中学生が数足のスニーカーを履きまわすということなんて知る由もなく、ボロボロになるまで履き続けてましたね。

当時の金ベロのSUPERSTARなんか、キレイに残っていれば今でも普段履きにしてたやろうなーと、少し後悔もしています(泣)

パーネン
パーネン
この辺りは何度も復刻されているので、持っている人も多いのでは?

元靴屋の高校時代

高校は制服があるものの、靴は自由。

私服への興味もむくむくと膨らんでいって、この頃になると行動範囲も広がり名古屋や大阪まで買い物にいくことも増えました。

4歳年上の兄の部屋に忍び込んでは、「Men’s non-no」や「CHECK-MATE」、「BOON」や「FINEBOYS」など、いろんなジャンルのファッション雑誌を読み漁って、服や靴へのめり込んでいきました。

パーネン
パーネン
本屋さんで女性ファッション雑誌まで立ち読みするほどのめり込んでいたよ 。

知識ばっかりの頭でっかちで肝心のセンスやコーディネートはからっきし。
(それでも当時は、自分はイケてると思ってたおめでたい奴です…)

その頃履いていたのは、「エアマックス狩り」が社会問題にまでなった「NIKE AIRMAX’95」

懐かしいと思う方も多いんじゃないでしょうか?

【エアマックス狩り】
1990年代中頃、爆発的なスニーカー人気で人気モデルが高値取引されるようのが当たり前になっていました。

特に1995年に発売された「エアマックス’95」は生産・供給がまったく追いつかなく、1足20万円以上の値段で売買されるようになった為、エアマックス’95を履いている人を襲って強奪する「エアマックス狩り」が頻発して社会問題にまで発展しました。

すでに1stカラーの黒/黄のプレミア価格で値段がかなり上がっていたころに、2ndカラーの青グラデーションを2万円で購入。
(その後、青グラデもとんでもない値段になりましたよね。)

他には「CONVERS ALLSTAR HI」のシーズンカラーの青色や同じく「LEATHER ALLSTAR OX」に革ひもを通して履いてましたね。

この頃から、スニーカー以外の革靴やブーツにも興味が湧いてきました。

当時はモード系が全国的に流行っていて、キレイ目なガラスレザーの「CHUKKA BOOT」なんかも履いてました。

当時はスクエアトウ全盛で、つま先は角角でしたね。

今なら恥ずかしくて、絶対に履けない…

思い返してみても、完全に雑誌の情報に流されてましたね…

今でもたまに四角いトウの靴は見ますけどね…

パーネン
パーネン
この頃は、兄の持っていた「ダークビッケンバーグ」のブーツが羨ましかったけど、今なら完全に黒歴史だね(汗)

元靴屋の大学時代

三重県を離れ大阪の大学へ進学、一人暮らしを始めます。

大学生ともなると、ある程度自由になる時間とお金があったのでとにかく買い物しまくってました。

授業とアルバイトのない日はどこへ買い物に行こうかと考えるばかり。

パーネン
パーネン
何をしに大学に通っていたんだ、と言いたくなるようなダメ学生だね。

この頃になると、流行りへの関心は若干おさまり、シンプルで定番的な服や靴を買うことが増えてきました。

「adidas roberthaillet」や「clarks Desert trek」なんかを履いていました。

そうして、せっかく購入した質のよい靴でも、手入れなんかはほとんどしていなかったですね。

気に入って買った靴をくたびれてくるまで履いてボロボロになってきたら次の靴を購入していました。

ほぼ使い捨て状態。

今なら考えられないですけどね(汗)

なので、靴を買うのも1年に1~2足ぐらいだったと思います。

パーネン
パーネン
「おしゃれは足元から」と知ってはいたものの服の方にばかりお金をつぎ込んでましたね~

続きは…

ここまでは大学生時代までの靴遍歴を書いてきました。

少し長くなってきたので、就職以降については
「元靴屋の靴の履歴書 後編」に書いていきます。

この辺りから靴への情熱がありえないぐらい加速していくので乞うご期待‼

興味ある方はぜひぜひ読んでみて下さい。

最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました.

それでは、パーネンでした。@hiro_pa911

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